夢の原点③高2でタイボランティア
こんにちは。
前回と引き続き「夢の原点」というテーマで書いていきます。
今回は「夢の原点③高2でタイボランティア」
2度目の高校1年生。
カナダの留学から帰国し、私は進路を決めなければなりませんでした。
理系か、文系か。
途上国で女の人たちのためになりたい。世界平和に貢献したい。
これは変わらないのですが、じゃあ何をしよう。
どんな風に活動したいか、を考えた時に、
まずは、その地域に実際に生きる人たちと生活をして、考えていること、価値観を知らないとはじまらない。その人たちの本当のニーズを知りたい、と思いました。
カナダでの生活を経て、今まで思っていた考えや価値観は一緒に住んでみないと本当の意味で理解や受容はできないと思っていました。
国際連合などの大きな機関では実際にその地域に赴く活動は少ないし、短い期間ということを調べわかりました。
やっぱり、手に職つけて必要とされる身として、そこに住むのが一番いいと思いました。
女性のための専門職。
その時に浮かんだのが、小学校の先生がポロっと行った一言でした。
「助産師になって、女の人たちのためになったら?」
やっぱり、助産師か。
ですが、私は医療職はむいていないと思っていました。
人のお世話をするというイメージ、注射など細かい仕事が多い、命に関わるからミスは許されない。
入院経験もほぼない私は、看護師や助産師のお世話になったことはなく(自分が生まれた瞬間は覚えていません笑)、身近にそういう職業の人もいませんでした。(実は親戚に助産師がいたのを知るのはだいぶ先)
何より助産師になったところで、戦力になるためには日本での病院で数年は経験を積まなければならない。早く外にでたいという思いが強かったので、ジレンマが生じるにちがいないと思っていました。
それでも時は迫り、とりあえず文転はできるからという理由で理系を選択。
模試の志望校には、看護学部と国際関係学部や教養学部が並ぶという始末。
図書館に行って、職業にまつわる本を読み漁りましたがわからず。
母にもどうするのと迫られて、ついに泣き出しました。
「何をやりたいかなんて、今、わかんない!!!!」
自暴自棄。
そもそも途上国支援をしたいなんて、偽善なんじゃないか。(過去ブログ「新しい国際協力って?②」に詳細あり)
本当の、本当にやりたい?
そう思った時、ふと思ったのでした。
「私、途上国に行ったことない」
「一回行って、この目で見てみて確かめたい」
私の願いが届いたのか否か。
ある日教室の後ろの黒板に何気なく貼ってあたポスターが目にとまりました。
「高校生 タイボランティア・スタディツアー」
これだ…!!!
地元の社会福祉センターが主催しているものでした。
父は反対し、ハンコを押してくれませんでしたが、母が無理やり押してくれました。
タイの孤児院に1週間ほど泊まり子どもたちと生活をしたり、バンコクのスラム街を見学したりといったプログラムがありました。
選ばれた6人の男女がスタディツアーに参加することになりました。
子どもたちに文具を送ろう、という活動をそれぞれの学校ですることになりました。
そのため、全校生徒に向けて、文具の寄付をつのるために、スピーチをすることになりました。
どうやったら、身近なこととしてみんな受け取ってくれるだろう。
普段生活していて、途上国に興味がある人はあまり多くない印象を受けていたため、どうすれば問題意識を持ってくれるか、ということを考えてスピーチを作りました。
最悪行動に移らなくても、イメージだけでもしてほしい。
すべてのスピーチは覚えていませんが、冒頭はこのように始めました。
「みなさんは、もし鉛筆を持っていなかったらどうしますか?
隣の席の子に借りればいいでしょうか。
でも、もし隣の席の子も、その隣の隣の席の子も持っていなかったらどうしますか?教室の誰も鉛筆を持っていなかったらどうしますか。
勉強ができません。
私たちはものに恵まれている環境にいて、普通に勉強ができます。
でも世界には、物がなくてノートがとれない、勉強ができない私たちと同じくらいの年の人たちがいます。」
全校生徒のみんなが問題意識を持ってくれたかどうかはわかりませんが、6人の高校生の中で、私の学校からの文具の寄付が一番多く集まりました。キリスト教の理念を大事にする学校でもあったため、普段から「隣人を愛せよ」と言われており、そのような校風ももちろん関係はしていると思います。
そしていよいよ、タイへ。
都会とスラム街が隣接するバンコク。
傷を抱えながらも笑顔で生活する子どもたち。
信念を持ってボランティア活動をする人たち。
スタディツアーで学んだことは、改めて書きたいので今回は多くを書きませんが、ツアーを終えて、私は決めました。
やっぱり、困っている人たちのためになりたい。
不条理・理不尽なことに関心をもつだけじゃなくて、自分がそれを変えることに携わりたい。
日本ももちろんだけど、他国からの支援が必要な途上国でやりたい。
こうして、途上国を舞台に働きたいという夢を固めたのです。
問題は、助産師になるか否か。
帰国後、1日看護師体験をしました。
んーーーーー。
意外と面白いかも?
でも大変なんだろうな。
結局、大学は看護学部へ進学することを決意。
迷いはこの後もずっと続きますが、高校3年生の時点で自分なりに一応納得した決定点はこちら。
・途上国で母子保健分野は私がやりたい部分。助産師はそのエキスパート。
・国際関係学部など資格を取らない学部に進学したら、初めは一般企業に勤めるのがほとんど(母より)
・助産師の資格を持っていたら、外国で仕事をして帰ってきてもまたどこでも就職できるという自由さがある。お金をとりあえず稼ぐことができる。
・どうせ進学するなら資格も取れた方がいい。やっぱり後から助産師になりたいと思ったら学校に通わなきゃいけない。
・その点、国際問題とか政治・経済・開発・言語は学校に行かなくても自分で勉強できる。(弁護士とかになりたいなら別だけど私には絶対に無理だしなりたいとは思わない)
・やってみて、本当にムリ!と思ったら、最悪退学できる。(それでもいいと母は言ってくれた)
最悪、退学!
人生はいろいろ!
そんな勢いで、4年間で、看護師、助産師、保健師の免許が取れる大学に進学しました。(最短で助産師になりたかったため)
ここからが、大変だった!!!
問題の、看護学部時代は次回のブログで!
ではでは。