夢の原点④助産師を志した大学時代
こんにちは。
ここ最近のブログは、私が途上国の女性のためになろうと思ったきっかけから、助産師を志すまでの道のりを「夢の原点」というテーマで書いてきました。
今回はそのシリーズ最後の回「助産師を志した大学時代」。
高校を卒業し、 助産師になるために、看護師、助産師、保健師の免許が4年間でとれる大学へ進学しました。
女子校育ちで家庭でのルールも多かった私にとって、大学は自由な場所でした。
ここで、先に私が思い描いていた大学生活のbefore/afterを先に行ってしまいます。
Before(入学前)
・助産師の免許をとるために勉強を頑張る。(限られた人数しかとれないため)
・英語の勉強をする。英会話サークルとかに入る。
・国際協力のサークルに入る。
・旅行にいっぱい行く。とくに海外。
After(入学後の実際)
・助産師コースの選考から外れ、卒業後に1年余分に助産師学校に通った。
・国際交流サークルに入り、留学生とはたくさん友達になれた。
・学生時代に行った海外は卒業旅行のオーストラリアのみ
+ラグビー部のマネージャーになった
当初思い描いていた生活とはだいぶ違った大学生活になっていまいました。
なぜこんなにも違った生活を送ったのか。大きく2つの原因がありました。それは、
部活への所属
看護という学問との葛藤
まず、部活への所属。
冠婚葬祭以外は休めない。
それを知った上で入りました。
入った時点で、旅行や他のサークルへの参加はほぼできなくなることは覚悟していました。
それでもなぜ入ろうと思ったのか、その一番の理由は
「今しかできないことだから」
海外旅行は学生じゃなくてもいける。
途上国での活動は、私がライフワークとしてやろうとしていること。
これから私はその世界で生きる。
だったら、今しかできないことやってもいいんじゃないいか。
と、いう思いで入部。
二つ目の葛藤は看護という学問の葛藤。
もともと、看護業務をしたくて志したわけではありません。
2年目になりいよいよシーツ交換や清潔操作の演習が始まると、私は自分のやりたいことからかけ離れた学校の授業にとても身が入りませんでした。
おまけに部活も大変で身も心も時間もお金も吸い取られていきました。
周りの知り合いが、どんどん海外の大学に留学しているのをみると、羨ましくて仕方ありませんでした。
部活に入ったのも、
看護学を選んだのも自分。
その先に助産師の資格、途上国での活動があるのは頭ではわかっていても、心は焦ってばかりで地に足が着いていない状態。
最悪やめてもいい。
そんな思いで入学してきた。
やってみて、やっぱり違うかもしれない。
部活に入るんじゃなかった。
様々な思いが交錯する中、部活では先輩になり、学校では実習が始まりさらに忙しくなりました。
ここまでくると、今まで頑張ってきたのに辞めるほうが勿体ないという思いが強く、とにかく資格は取ろうと思いでした。
また、辞めたところで大学を再び受験するという気力もありませんでした。
実習が始まり、実際の患者さんの看護ケアを実践していくことになりました。
座学とは違い、目の前の患者さんがどうなることが目標で、どうすればその人らしい生活を送れるのか、ということを常に考えることが実習でした。
私にとって実習は、手応えを感じるものでした。
人を看るってこういうことなのか、
一人一人看護は違うし、なにか傷を抱えてもその人らしく生きることの手伝いができるってとっても素敵な仕事じゃないか。
そう思えるようになりました。
また、ある友人の一言。
ちゆきが海外でやりたいこともすごいなーって思う。
でも、看護師や助産師は人の命を救える仕事なんだよ。
誰でもできるものじゃないとおもうんだ。
路頭に迷って、自分で決めたことにいつまでもくよくよしていたしょうもない私にこんなに優しい言葉をかけてくれたのです。
正直、4年間で助産師を取ることも諦めていました。葛藤が苦しく、それから逃れるように目を背け十分な学習ができていませんでした。
看護学生三年目になりようやく看護の素晴らしさを実感し、
そして、看護学は人を看るという学問で、これは病気の人だけではなく、
健康な人含め全てに使えるスキルだと思いました。
加えて、部活ではチームで活動すること、自分の役割とチームへ影響、後輩の教育など沢山のスキルが身につきました。
結果、4年間で助産師の受験資格は取れませんでしたが、必死の思いで別の大学の助産学専攻科に入学することができました。
途上国で働こうと思い早13年、
助産師になろうと思い早6年。
夢を思い描いてから、沢山紆余曲折したけど、私はようやく描いていたビジョンのひとつ、助産師への一歩を踏み出したわけです。
以上、夢の原点シリーズシリーズ①〜④。
振り返ってみて、初心に戻ることができました。
特に大学時代は、葛藤が大きく、自分の心の声を聞かないようにしていたと思います。
今、助産師となりいよいよ青年海外協力隊という夢に近づいてきています。
助産師としてなにがやりたいのか。
いや、助産師抜きにして、私はなにをやりたいのか。
心の声に正直に生きよう。
今はそんな風に考えるようになりました。
別の記事で、助産学生時代のことも書こうと思います。
読んでくださった方々、ありがとうございました。