夢の原点①小4で途上国を知る
こんにちは。
今年もいつの間にか梅雨が明けて、蒸し暑い7月が始まりました。
先月からブログを始めましたが、たくさんの出会いや学びを経て、もう一度原点に立ち返ろうと思いました。
名付けて「夢の原点」。
私がなぜ途上国で女性のエンパワメントをしたいと思ったか。
これまでの思考過程と、選択、行動を振り返って、今後やるべきことを見出していこうこ思いました。
ほぼ、私の回想日記になるかとおもいますが…!
同じような将来を思い描いてる方、これから大学を受験する方の参考になる部分も少なからずあるかもしれません…!
「夢の原点」のテーマでは以下のような4本立てで書いていきたいと思います。
①小4で途上国を知る
②高1でカナダ留学
③高2でタイへボランティア
④助産師を志した大学生時代
今回は、「小4で途上国を知る」の巻。
その日は突然やってきました。
ある日、担任の先生がクラスに言いました。
「先生は、モンゴルに親善大使としてボランティア活動をしてきました。その時のビデオをこれから流しますね。」
先生がクラスで流した、恐らくご自身が撮影した映像が流れました。
なんということでしょう。
そこには、道端やマンホールで暮らす子どもたち、いわゆるストリートチルドレンやマンホールチルドレンと呼ばれる同い年くらいの子どもたちがいました。
箱入り娘でなに不自由なく生まれ育った私は、かなりのショックを受けました。
映像は続きます。担任の先生をはじめとする、ボランティアのメンバーの方々が、日本のカレーを子どもたちに炊き出しをして配る姿がありました。
子どもたちはとても喜んでいて、おかわりをしていました。
全てのビデオが終了した頃には、私は半ば放心状態になり、わけがわからなくなったのを覚えてます。
世界には住む場所がない人がいる、食べるものがない人がいる、お母さんやお父さんと暮らせない人がいる。
そしてその中には私と同じくらいの子どもたちもいる。
私の当たり前が当たり前じゃない世界があることを初めて知り、非常にショックを受けました。
その時に芽生えた感情は、
かわいそう
こんなの不平等だ
なんでこんなことが起きるんだ
といったものでした。
そして小学生ながらに決心したのは、
「途上国で困っている人たちのためになりたい」
という夢でした。
記憶が曖昧ですが、きっと母にそのことを話したのでしょう。母がいろんな資料を見せてくれたのを覚えてます。
国際連合という機関の存在、その中のユニセフという機関の働き、途上国ではどんな問題が起きてるのか、そのためになにができるのか。
小学5年生の自由研究では、ユニセフと子どもの権利条約、自分にできることを調べてまとめました。
調べていくうちに、国によっては女子が差別を受けており学校に通えない現実があること、妊婦さんや子どもたちが命を落としやすいことなどを知りました。
同じ女性として、差別を受けることに憤りを覚えました。
もともと不平等なことが嫌いな性格であり、また英語が大好きで海外の違う文化に興味があったのでストレートにあの映像が私に影響してきたのだろうな、と今となって振り返ります。
小4での途上国との出会い。
私が受けた衝撃を担任の先生が察知してくれたのでしょうか。
「助産師になって女の人たちのためになったらいいんじゃない?」
と、ぽろっと言われたのを覚えてます。
その時は、助産師という職業がピンとこなくて、それよりも国際機関で働きたいという思いが大きく、助産師にはならないなあ…と思っていました。
そんな私が今となっては、その時の担任の先生が言った通りの道を選び働いています。
なぜそうなったのか。
なぜ助産師という手段を選んだのか。
続きは次回のブログで。
ではでは。